在宅医療

食べること出すこと診療

最期まで食べる楽しみを諦めない~患者さんが最期までしたいこと第1位は「食べること」

 好きな食べ物、思い出の味、大切な人との団らん──。「食べること」は暮らしを豊かにすることに直結しています。実は、「食べる」ためには「出す」ことも重要。おうちの診療所では、できる限り最期までご自身の口から食事ができるよう、医療面のサポートをしています。今回は、特によくいただく疑問点をQ&A形式でまとめました。

■摂食・嚥下障害とは
脳血管障害や認知症、高齢による筋力低下などが原因となり、口から食べること(口の中で食べ物をかみ砕き、味わい、飲み込むこと)が困難になった状態を指します。

【食べられない原因はどこにある?】
口から食べることが難しくなる原因とその対応は、加齢や疾患による影響など、それぞれ異なります。当院では、医師や看護師、リハビリ職などの専門職が、それぞれの原因にアプローチして総合的に「食べる」を叶えます。

Q:誤嚥のリスクがある場合、口から食べることはできなくなるのですか?
 肺炎の原因の一つに、口から入れた食べ物が誤って気管などに入り込む「誤嚥」があります。しかし、誤嚥性肺炎は必ずしも食事が原因とは限りません。睡眠時や、日中の起きているときでも、無意識のうちに少量の唾液が気管に入り、そこに含まれる菌など汚れが肺で炎症を起こす場合も多くあります。そのため、口から食べることをやめても誤嚥性肺炎のリスクはなくならないのです。最近では、その人にあった適切な食事を口から取り、飲み込む機能を使い続けた方が、誤嚥性肺炎のリスクが下がる場合があることも分かってきました。

Q:誤嚥性肺炎のリスクを低下させるために在宅でできることは?
 誤嚥性肺炎は、菌を含んだ唾液や食物が誤って肺に入り、炎症が起きた状態です。入院が必要になる場合もあり、在宅で療養する上でしっかりと予防しておきたい疾患の1つです。
 予防策として有効だと言われるのが、口腔内を清潔に保つ口腔ケアです。おうちの診療所では、歯だけでなく口腔ケアや嚥下障害への対応にも専門性の高い訪問歯科と密に連携しています。連携させていただいている訪問歯科の1つであるアペックスメディカルデンタルクリニックの井藤 克美先生は、「人生の最期を迎えている患者さんに口腔ケアをし、好きな味を召し上がっていただくと、『美味しい』、『味がする』と喜ばれます。そうしたケアをご覧になっていたご家族にも、見送ったあとに感謝の言葉をいただきます」と言います。最期まで口に好物を入れて味わうことは、多くの人にとって何よりの喜びになるのです。
 また、入れ歯(義歯)の調整も「食べる」ためには欠かせません。患者さんが旅立たれる際も、相棒ともいえる義歯を装着して見送ります。「顔がふっくらして、若い頃のよう」とご家族はうれしい気持ちになるそうです。

【「食べる」ためには「出す」のも重要】
高齢者の食欲不振の原因の1つが、下痢や便秘など排泄のトラブルです。特に便秘症は多くの高齢者が抱えており、排便コントロールは暮らしを豊かにする上でも重要なポイントです。おうちの診療所では、排便コントロールを得意としていますので、お困りの際はご相談ください。

Q:便秘で下剤を服用していますが、飲むと下痢になってしまいます。飲まずに便秘になるのも苦しく、どうしていいか困っています。

便は快適に出すことが重要ですので、ただ効果が強い下剤を使えばいいというものではありません。現在は様々な種類の下剤が流通しており、その組み合わせは多岐にわたります。ご自身の運動量や食事、生活様式などに合う処方が必ずあるはずです。おうちの診療所では、普段の暮らしについてお聞きしながら薬剤の調整をくり返し、最適な処方を探し当てます。

Q:「最期まで食べる」を叶えるために在宅でできる医療処置にはどんなものがありますか?
その方の疾患や状態、ご希望を鑑みて、適した対応を行います。例として、疾患により腹水のバランスが崩れてお腹の膨満感が強まり、食事がしにくくなっていた方への対応をご紹介します。数週間以内に天寿を迎える見通しとなった頃、「最期に食べたい物がある」とのご希望を受け、在宅で腹水を抜く処置(腹腔穿刺)を行いました。腹水は、抜いてもすぐに溜まって元通りになってしまったり、腹水と一緒に体内の栄養も排出されてしまうため、頻繁には実施しないことが多い処置です。しかし、ご本人のご希望や予後を合わせて検討した結果、腹水穿刺を行って膨満感を解消し、ご希望通りのメニューを召し上がっていただきました。病院ではなく自宅で処置できたことも、体力の温存につながりました。ご本人の希望に合わせた柔軟な判断ができることは、在宅医療の醍醐味と言えるのではないでしょうか。