在宅医療の診療所で働く~医師Q&A編~

おうちの診療所 目黒を開院して1年。先日、在宅医療の診療所で働くことに興味がある医師の方を対象に開いたイベント内で、さまざまな質問をいただきました。「訪問診療に興味があるけど、具体的に働くイメージがつきません」「正直、24時間365日オンコールってしんどくないですか?」など、気になる疑問にお答えします。

回答者紹介

伴正海(以下、伴):おうちの診療所 目黒院長。横浜市立大学医学部卒。初期臨床研修から高知県で地域医療に従事。僻地で外来から入院、在宅までを診た経験がある。厚生労働省での勤務経験から、医療政策にも詳しい。詳細はこちら

石井洋介(以下、石井):高知大学医学部卒。消化器外科医、日本うんこ学会会長。医師業のかたわら、ゲーム「うんコレ」の開発やクリエイティブビジネスも行う。厚生労働省での勤務経験をきっかけに、在宅医療や夜間外来診療など「病院外の医療」をテーマに活動。詳細はこちら

岩本修一(以下、岩本):広島大学医学部卒。総合診療・麻酔科医。経営学修士(MBA)を取得しており、前職は病院経営のコンサルティング。在宅医療の診療所での非常勤勤務を経ておうちの診療所 目黒へ。詳細はこちら

Q.24時間365日オンコールって、厳しくないですか?
Q.病院に比べると検査や治療などの医療資源が少ない中で、対応が困難だったケースはありますか?
Q.訪問時は医師1人という環境で、判断に困ったことはありませんか?
Q.救急搬送になるのはどんなケースですか?
Q.急変は全例振り返りをしているとのことですが、具体的にどういった管理をしているのですか?
Q.患者さんはどこから紹介されてくるのですか?
Q.在宅医療を始めて感じたことや、面白いところを教えてください。

Q.24時間365日オンコールって、厳しくないですか?

岩本:24時間365日のオンコールは、医師が在宅医療で働こうと考えたときにハードルが高いと感じる最大の理由かもしれませんね。私たちは、医師3人でオンコール担当を分担しています。そうすると、平日は週1~2日、休日は月1~2回、オンコールを担うことになります。正直に言うと、きつい日もあります。でも、今のところ毎晩呼ばれることはないし、電話が一度も鳴らない夜も多いです。平日の勤務は就業が18時、遅くとも19時ぐらいには帰れるので、ときどきオンコールを担う日があっても体力的にもやっていけると感じています。

:参考に、先月(2021年9月)の実績をご紹介すると、夜間の出動が1件、土日など休日の出動が3件でした。これは、お看取りも含めての件数です。

石井:普段からなるべく急変が起きないよう対処しているので、夜間に予想外の悪化があって出動するようなことほとんどないですね。転倒・骨折やお看取りなどはどうしても平日の日中以外に起こる可能性があるので仕方ない部分がありますが、ある程度予想できる増悪に関しては事前に抑えられていると思っています。また、急変があれば記録しておいて、あとでみんなで振り返るようにしています。

岩本:急変やお看取りについても、毎夕のカンファレンスで患者さんを「最重症」「重症」と分類し、綿密に情報連携をしているので、想定外の出動はほとんどありません。仮に急変で電話がかかってきても、普段から患者さんやご家族としっかり話ができていることが多いので、対応もスムーズです。初診から間もない患者さんの場合は、お互いに理解が進んでいなかったり、訪問看護やケアマネジャーが決まっていないなど他の連携先が調整しきれていなくて直後の対応に苦労することもありますが、連日呼ばれて大変ということはないですね。

Q.病院に比べると検査や治療などの医療資源が少ない中で、対応が困難だったケースはありますか?

石井:僕はもともと外科医だったこともあって、在宅医療の現場でも腹水穿刺や胸水穿刺をしますし、心電図、エコーもやります。デブリもしますし、意外と日常診療でやりたいと思ったことが、在宅医療だからできないという経験はないですね。
診断という意味では、検査できる機会が少ないのは緊張感がある部分です。聴診だけで気胸かどうかを判定するといったように、身体所見の腕が試された瞬間はありました。病院に勤務していた頃はサクッと「CTいきましょう」と言えていましたが、より真剣に身体所見を取らないといけないところはあります。「このケース、本当に病院に送って大丈夫かな」と慎重に検討するおかげで、スキルは上がったと思います(笑)。結果的には、「送るべきではなかった」というケースは今のところありません。

例えば発熱の場合、誤嚥性肺炎や尿路感染症など、在宅で起こるイベントはだいたいパターンが決まっているので、検査前感度高めに身体所見を取れると思っています。自宅だと、病院と違ってMRSAや緑膿菌の感染は起きにくいので、日常的に起こりやすいものから想定していけばだいたい対処可能です。機器がなくても、診断は意外としやすいですね。

:当院もエコーを導入してから、だいぶ検査の幅が広がりましたね。見えないところが見えるようになったというか。心電図もポータブルで便利ですね。

石井:今大変なのは、褥瘡を大きく切った時の縫合止血ですかね。Z縫合を10箇所かけるみたいな……。個人的には、次はバイポーラーを導入したいですね。

岩本:自分が対応に苦慮したのは吐血の施設患者さんですね。元々、認知症と不安神経症で施設入所中の方で、コロナ流行時期に吐血されました。平時ならすぐに救急搬送して入院になるようなケースでしたが、病院に受け入れを依頼すると「今日は緊急内視鏡ができない」と断られました。「施設には夜間、看護師もいないので、経過観察のために受け入れてもらえないでしょうか?」と説明を試みてもダメで、そのまま施設で診ることになりました。あの時期は、どこの病院も大変だったんだと思いますが、さすがに装備の少なさに不安を覚えました。結果的には、連日訪問すると同時に訪問看護を入れて、点滴やPPI注射などの治療を行い、何とか乗り切りました。

Q.訪問時は医師1人という環境で、判断に困ったことはありませんか?

困った時は即電話ですね。緊急時は夜中であろうと、土日であろうと他の医師に電話します。診療方針の確認が必要なら主治医に聞きますし、自分が主治医でも判断に迷えば一度相談します。患者さんの前でも、「ちょっと他の医師に相談させてくださいね」と断って連絡しますね。2人ともすぐに出てくれるので心強いです。誰ともつながらなかった時は腹を括るしかないですが。

岩本:他の医師に電話で相談できるのはありがたいですね。「状況からいって、これしかない」と答えは出せていても、話して確認することで、自分の判断に自信が持てるということがあります。さっきの吐血の事例もそうでした。

:「在宅医療は医師1人で対応している」と思われてる方も多いと思うんですが、1人じゃないですね!

岩本:印象的だった、40歳代の女性のがん患者さんの事例があります。伴先生が初診したばかりの方でした。私が週末のオンコール当番をしていたとき、ご家族から夜中に「腹水を抜いてください」と連絡が入りました。緊急出動するかどうか、判断に迷ったので「今対応しなくてもいいか」と伴先生に相談したところ、「この人はこういう背景があるから、今対応した方がいいかもしれない。僕が行ってくるよ」と往診してくれました。
その時は「体制が整わない緊急往診ではリスクもあるし、夜中にすべき手技ではない。ご家族には申し訳ないけれど、翌日日中の対応でいいだろう」と考えていましたが、結果的に往診したことでご家族との信頼関係が深まり、その後の意思決定がスムーズに進んだ感覚がありました。
電話のときは、ご家族がかなり混乱していた状態でした。朝を待たずに往診したことで話し合いが進み、その後の方針決定に影響しました。これまでの臨床経験だけではその判断はしなかったと思うので、自分にとっては転機になった印象的な症例でした。

石井:在宅医療って、唯一の答えがあるわけではなく、そのときどきに合わせた最善解を模索するところがありますよね。僕は外科医の血が騒いで、まだ治療できそうなところを探し続けてしまうのですが、一緒に診療していた当院看護師が「ここまで、治療できることは十分してきたし、さすがにちょっと苦しそうだから、もうセデーションしていいんじゃないですか?」と言ってくれて思い直したことがありました。

正解がないからこそ、一緒に診ている当院の看護師やセラピスト、連携先の専門職とディスカッションしながら、症例ごとに最善解を模索することが、在宅診療の醍醐味であるとも思っています。

Q.救急搬送になるのはどんなケースですか?

岩本:主に、急変と増悪の2つのパターンがありますね。急変の実例でいうと、骨折、気胸、肺炎などの感染症、肺塞栓もありました。食道静脈瘤や胃潰瘍による吐血というパターンもあります。増悪は、心不全の増悪が多いパターンですね。今、間質性肺炎の患者さんを診ていますが、急性増悪したらすぐに入院できるよう、病院の先生と連携を取っています。

石井:肝性脳症を繰り返している患者さんなど、増悪が予測されるため病院と自宅を行き来するという前提で診ているケースもありますね。ただこの方の場合、訪問看護などと連携することで増悪も在宅で対応でき、結果として一度も入院せずに診られています。

:増悪が起こり得る患者さんは、在宅医療で診始めても病院との関係を切らず併診します。3カ月か半年に1回は病院に通院するけれど、普段は在宅医療で診る、といったように合わせ技で支えることが多いですね。

岩本:脳梗塞による片麻痺があり、がんに対する緩和的化学療法を受けている患者さんを、かかりつけの病院と一緒に診ていたことがありました。その方の場合は3週間おきに病院に通っていましたが、通院の1週間前に訪問して採血し、検査結果を病院にも送っておくという連携をしていました。

:通院時の病院滞在時間を短くし、本人や家族の負担を軽くする目的で、当院に紹介されてきた事例でしたね。

岩本:病院の地域連携担当の方から「◯◯の状態で難しい症例ですが、受け入れてもらえますか?」という問い合わせを受けることはよくあります。当院では、情報をいただければ、どんなケースも積極的に受け入れています。

石井:胆管のドレーンが入ったまま退院してくる患者さんも、よくいますね。あとは、PCAポンプとかPICCカテーテルとかが入っている患者さんもいますが、問題なく受け入れています。

Q.急変は全例振り返りをしているとのことですが、具体的にどういった管理をしているのですか?

石井:転倒や褥瘡など、僕らが捕捉したいイベントをあらかじめ決めておいて、施設や家族の方からイベントの発生が知らされた時にSlack上に記録しています。それを基に、スプレッドシートで必要な情報をまとめて管理しています。

:転倒であれば、いつ、どこで、どのように転倒したのかといった情報のほか、関節可動域(ROM)や日常ADLなど、その転倒が不可避だったのかを検討する材料を集めています。
今、当院の理学療法士(PT)や作業療法士(OT)が中心となってこの情報を分析し、在宅での転倒のあるあるリスクをまとめています。近々、近隣施設向けにこのデータを使った勉強会をする予定です。施設ではスタッフさんがノウハウを継承していくことが多いので、情報をフィードバックすることで、さらに転倒を減らせたらと考えています。

最近、褥瘡も記録の対象に加えました。転倒だけを防ごうとベッドに4点柵をつけて抑制し、褥瘡だらけになっていては意味がありません。そもそもの目的に立ち返ってチェックをしています。そのほか、死亡事例や入院事例も振り返りを行います。救急搬送についても、適切な搬送だったかを、毎週月曜日の会議でディスカッションしています。

Q.患者さんはどこから紹介されてくるのですか?

石井:当院は(1)医療機関、(2)訪問看護ステーション、(3)ケアマネジャーさんからの紹介が3本柱になっています。

:医療機関からの紹介のパターンは、外来に通っていたけれど、いよいよ身体的に通院が厳しくなったということで在宅医療に紹介されるパターンと、急性期疾患で入院した患者さんの身体機能が低下して、退院後も外来通院は難しいということで病院から在宅医療に紹介されるパターンがありますね。また、近くの外来に通っていたけれど「そろそろ通院も難しくなってきたし、在宅医療に切り替えたら?」とかかりつけ医に勧められたというパターンもあります。そういう患者さんの場合は、まず介護保険を申請してケアマネジャーさんが入り、訪問看護も入って、最後に訪問診療が追加される形が多いですね。

Q.在宅医療を始めて感じたことや、面白いところを教えてください。

石井:急性期病院に勤務していたときはなかなか気付けなかったのですが、患者さんはいきなり状態が悪くなるわけではなく、少し調子が悪くなるなど、必ず悪化の予兆があります。予兆の段階で早期発見・対処を行い、悪化を防げるのが在宅医療の面白さですね。
例えば肺炎を繰り返す方なら、肺炎を起こしかけている段階で対処できれば悪化を防げます。訪問時、当院のPTやOTに生活の視点で患者をみてもらい、食事時のポジショニングを誤嚥しにくく改善するのもその一環です。もちろん、誤嚥を起こしても肺炎に至らないよう口腔ケアを依頼したり、降圧薬をACE阻害薬に切り替えるなど、医師ができる取り組みも合わせて行います。

ACPなど、人生の最終段階の方針に関する合意を着々と進められるのも在宅のすごいところですね。消化器外科医だった頃は、消化管穿孔で搬送されてきた90歳で寝たきり患者さんのご家族に対し、その場で人工肛門をつくるかどうかという判断を迫らなくてはいけないこともありました。正直、「そんな意思決定が急にできるわけないよな」と心の中では思っていました。在宅医療では、その手前の段階、日常診療の中で「悪化すると、こういうことが起きるかもしれないですよ」とご本人や家族に話をしておけます。ご本人やご家族の具体的な希望を聞いたり、価値観を引き出しながら、心構えを持ってもらえます。人生の最終段階に関する話を聞いておいて納得した医療を受けてもらうことは、結果的に患者さんやご家族の満足度を高めるし、急性期医療にも貢献できることだと感じています。

岩本:私はおうちの診療所に勤める前は、2週間に1~2回程度、在宅医療診療所で非常勤勤務をしていました。非常勤だけだと、在宅医療の患者さんがどうなっていくのか、全然イメージできませんでした。極端に言えば、車で移動して、看護師さんの言う通りにしていれば診療が終わる感じでした。おうちの診療所に来て、主治医として在宅患者を診るようになると、それまでとは認識が大きく変わりました。ACPや他の事業所との連携、お看取り、オンコールで呼ばれるといったことは私にとって新しい経験でしたし、多くのことを学びました。最近では「“在宅ナイズ”されてる」みたいな話もよくするのですが、病院勤務時とはちょっと違ったアングルで見ることで、分かることもあります。

石井:人生の最終段階の話をするなかで、「まだできる治療もあったが、しなかった」ということも起こりそうだなと、そこは不安に思うこともあります。昔は、できると思った治療を全てしていたのに、「あれ?この患者さん、まだ別の抗がん剤治療をするのかな? 緩和ケアをメインにした方がいいんじゃないかな」と積極的な治療に疑問を持った時は、外科医をしていた時代が間違っていたのか、在宅医になって自分の感覚が変わったのか、不安に思います。

岩本:どっちも間違いということはないと思うけれど、正解が簡単に決まらないところはあるよね。ある患者さんで「寝たきりの患者に3週間に1度オプジーボを投与する意義は何だろう」という疑問が浮かんだことがありました。本当は、そのあたりから病院の担当医と話し合えたらいいのですが、まだまだ力不足を感じるところはあります。少しずつ病院とコミュニケーションして、方針の決定・変更についてもっとスムーズに連携できるようにすることも在宅医の腕の見せどころかなと思っています。

石井:外来のワンポイントで見ると、きっと元気に見えるんだよね。

岩本:外来って気合いを入れて行っている人もいるようで、10分くらいだと元気そうに見えることもあるみたいだね。自宅だとどんどん衰えていっている途中なのに病院では全く逆の評価がされていたことがあり、その違いはここ(おうちの診療所)で在宅医療をしてみて初めて気づいたことでした。

石井:正解がない中、みんなでディスカッションしながらやっていますね。在宅医療の専門性って病院とは違うから、ある意味みんな平等に、一からスタートするのも在宅医療の面白さだと思います。

在宅医療診療所での働き方や、面白さのイメージを持っていただけたでしょうか?当院にご興味をお持ちいただけた方には、こちらで当院の在宅医療に対する思いや、1日のスケジュールなどをご紹介しています。また、見学も随時受け付けていますので、お気軽にお問い合わせくださいね。