死を学び、「生」を大切にー日常にキッカケを作れるか

  1. イベントリポート

こんにちは! 大学病院で看護師として働いている加藤有香です。みなさんは、死について考えたり、誰かと話し合ったことがありますか? 日本では生きているうちから死を考えることは縁起が悪いとされてしまうからか、死について話すことがタブー視されていると私は感じています。しかし、多死社会となったいま、自分の死に方や「死」について考える時間はとても重要ではないでしょうか。

そこで今回、若手イケメン納棺師の木村光希氏(おくりびとアカデミー代表)をSHIPにお迎えし、「死と向き合うこと」をテーマにお話しいただきました。

「死」を他人事から自分事へ

死について向き合って考えることの少ない日本では、葬儀などの暗い話はどうしても「他人事」になってしまいます。木村氏は、「だからこそ、日常に溶け込みながらうまく多くの人に触れてもらうことが大切になる。自分の体感を通じて、死への準備という他人事な事柄を、少しでも自分事へ変えていきたい」と言います。

ところで、「納棺師」という職業をご存じでしょうか? 映画「おくりびと」が大ヒットしたこともあり、納棺師の名前を聞いたことがある人は増えたのではないでしょうか。人が亡くなると、その方の体を洗い清める「湯灌」や、死化粧を施したり死装束に着替えさせる「旅支度」をへて、遺体を棺に納める儀式「納棺の儀」を行うことがあります。納棺師とは、この納棺の儀を行う人のことを指します。

いままで多くの方の納棺の儀を担ってきた木村氏。「お通夜の前に行う納棺の儀の時間は、家族がその方の死を実感として受け取る大切な時間」と木村氏はいいます。死に至る経緯は人それぞれで、交通事故で急に亡くなったり、まだ若くして癌を患って亡くなったり、高齢で衰弱して亡くなったりとさまざま。死に至る経緯も様々であれば、死を受け入れるスピードもその人によって違います。だからこそ、「死」を実感する納棺の儀は、残されたご家族が「死」の事実を認識する大切な時間となるのです。

木村氏は、納棺師として多くの死に関わる中で、様々なエピソードを経験してきました。例えば、老人ホームで納棺の儀を披露してほしいと依頼を受けたときのことです。納棺の儀は、それを見る人にとっては自分が亡くなった後どのような流れで棺へ入るのかを知る機会にもなります。納棺の儀を終えた木村氏に、その施設の高齢男性が「にぃちゃん、俺の時も頼んだよ」と声を掛けました。「このとき、男性は納棺の儀を通じて体感し、『自分の時はこうしてほしい』というこの方のストーリーを作れたのだと感じた」と木村氏はうれしそうに振り返ります。

日本一故人に感謝される葬儀社を目指して

納棺師が行う納棺の儀は、一般的に葬儀会社からの発注を受けて行われます。葬儀会社が一連の葬儀を故人の家族へ提案し、その葬儀過程に納棺の儀があれば納棺師へ外注するというスタイルです。

しかし、「納棺の儀だけを外注される一般的なスタイルでは、自分らしい故人との向き合い方がしにくい」と木村氏は語ります。木村氏は、人が亡くなってからのご遺体の安置、納棺の儀、告別式、出棺のタイミングそれぞれに納棺師のケアが必要であると考えています。納棺師だから納棺の儀だけをすればいいというものではなく、初期ケアとして保湿をしたり、その後も身体の変化に対応してメイク直しや身体の補正をするなど、納棺師のプロ性を発揮するタイミングは葬儀全般にわたるというのが木村氏の考えなのです。

しかし、葬儀会社によっては、納棺師がご遺体に触れるのは納棺の儀のときのみというケースもたくさんあるとのこと。これでは十分にケアを施せず、葬儀の最後までその人らしさを維持できないことに課題を感じて木村氏が立ち上げたのが「おくりびとのお葬式」というサービスでした。

「おくりびとのお葬式」では、質の高い納棺師を育成するとともに、納棺師が遺体の安置から火葬までを担えるサービスを提供しています。さらに、葬儀全体を通じて、「彼(彼女)はこう生きた」と感じられる空間を作ることを心掛けています。「その方らしい葬儀を作ることで、例えその人が物体としての死を迎えたとしても、見送る方の心の中でこれからも生きることができる。残された人のための葬儀だけでなく、ご遺体のためのおくりびとになりたい。理念は日本一故人に感謝される葬儀社だ」と木村氏は言います。こうして納棺師が故人と向き合い、葬儀全体に関わる中で、死が自分事になるような「体感」を生み出せるのではないでしょうか。

木村氏が手応えを感じたエピソードの1つが、安置から葬儀までの依頼を納棺師として受けたものでした。この葬儀では、残されたご家族と一緒に、亡くなったおじいちゃんを想像してプロデュースしました。音楽が好きだったおじいちゃんのために、友人を集めて生の演奏会を開催し、おじいちゃんの好きな歌を仲間と歌いました。「おじぃちゃんこんなのが好きだったよね! この時笑ったよね!」と涙を流しながらも、そんな楽しい会話が飛び交う葬儀だったそうです。この事例で改めて、葬儀は、亡くなったことを参列者が受け止めるものではない。このような葬儀は、見送る方の心にその人を生き続けさせる機会になると感じたそうです。

死と向き合うには「結局それぞれが覚悟するしかない」と言う木村氏。「今の日本では、覚悟を持たないと死の話は出てこないのが現実。向きあってほしいなら、もっときっかけの引き出しを増やす必要がある」と指摘します。死を自分事にするためのきっかけ作りとしては、下記のようなことを考えているそうです。

他人事から自分事へと変わるきっかけ作り

(1)死に関するイベントに付加価値を付ける:お得感を与えることで参加のハードルを下げる。必然的に「葬儀」に触れるきっかけを作る。

・葬式会場に行ったら◯◯がもらえる!
・納棺体験したら◯◯がもらえる!

(2)共感の空間を作る:自分が良いなと思える死に触れ、「自分がもし亡くなったら、こう見送ってもらいたい」という「自分なら」が出現してくるきっかけを作る。

・納棺の儀を通じて物語を作る
・講演会場で御安置や納棺の儀を行う(「知る」経験)
・施設で亡くなった方の納棺見る(「体感」経験)

・自分らしさをそのまま葬儀につなげる(棺桶に着物を貼るワークショップ:自分が今まで着ていた着物を棺に貼ることで、「自分の棺はこんな感じがいいな」と自分らしさを自ら表現できる)

・エンターテインメントを新たなきっかけにする(「死んだら削ってね!」というコインスクラッチを作成する。作成している間、自分が亡くなったらどんなメッセージや驚きを残そうかと未来を描く瞬間を創造する。死をただ悲しいだけでは終わらせないというその人らしさを表現する手段の1つになる)

死は高齢者だけが向き合う課題ではなく、いつ誰に起きてもおかしくないものです。「もし自分が亡くなったらどうしてほしいか、という話がお茶の間で繰り広げられたらいい。死ぬ前に誰に会いたいか、弔辞は誰に読んでもらいたいか、どんな内容がいいか。私たちは死についての話を投げかけるだけではなく、死を重くしすぎずに自分事にできる体験のきっかけを作ることが大切だ」と木村氏は強調しました。

講演を振り返って(木村光希)

多死社会において、元気なうちに行う死後の準備は今後必要な活動になると考えています。1カ月に1度、1年に1度でも良いので、限りある命、死について、生について考えてみる機会を作っていただけると幸いです。

死を意識して今を生きるのは、少し重たいと感じるかもしれません。なので、そのような考え方だけではなく、「自分の大切な人の命が、今日が最後かもしれない」。そんな気持ちを少し持つだけで、行動は少し変わると思います。「ありがとう」「かっこいいね」「大好きだよ」って恥ずかしがらずに伝えられたら素敵ですね。言葉ではなく、別の方法で表現するのもいいと思います。多くの人が死を見つめて今を良く生きるという状態になってくれたらと願っています。

過去や未来ではなく「今」を生きる

私は、看護師として働く中で多くの患者さんの死を見てきました。その中で「まだできたことがあったのではないか」という後悔があり、死を学ぶことで生を大切にされる木村氏から話を聞いてみたいと思い、講演の依頼をしました。木村氏のご講演からは、ご遺体の死後にしておいてほしいケアや、納棺の儀を通じて死をリアルに感じる空間が大切であることなどを学べました。

また、技術面だけでなく、その精神面ではっとさせられたことが講演中何度もありました。中でも、木村氏が納棺の儀を披露した後に「にいちゃん、俺の時も頼んだよ」と声を掛けられたというエピソードには、思わず鳥肌が立ちました。私は、病院での亡くなった患者さんへ何かできたのではないかと過去の自分を引きずっていましたが、今回の講演を通じて、その人の未来をどうサポートしたらいいのかと、前向きになっている自分に気が付きました。今できることを懸命に行うことで未来が生まれると感じたのです。当たり前のことかもしれませんが、その「当たり前」に気づかせてもらいました。

「『死』を重く考えるのではなく、日常に『死』を触れるキッカケを作る」という木村さんの言葉にとても考えさせられました。「死」の話をするときはやっぱり空気が重くなってしまうし、話をするタイミングなどをすごく考えてしまうと思います。お茶の間で気軽に話せるようなものではありませんでした。しかし、もっと頭を柔らかくして考えて、直接「死」と向き合うような重いものではなく、気づいたら「死」について考えていた!というようなキッカケを大切にしていきたいと思いました。死に対するアプローチは一つだけではないということですね。「その人らしさ」にとことん向き合っていけたらいいなと思いました。    (加藤有香)

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