在宅医療学会で発表した在宅医療の質指標について

当院、石井らが発表した「デルファイ変法により抽出した在宅医療の質指標研究とその実臨床応用」(学会当日発表資料)について、データや詳細を以下に示しておきます。
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元データと参照論文一覧はこちらから見られます

【研究開始の背景】
診療の質の評価法として、近年Quality Indicator(QI)が注目されている。平成28年度には厚生労働省が23種類・36指標の共通QIセットを作成しているが、これは「病院」におけるQIであり、在宅診療には当てはめられない。「病院完結型医療」から「地域完結型医療」への変化が求められている中、「在宅診療」においてもQIを設定し医療の質の評価を行う必要がある。
海外の先行研究では、介護も含めた在宅ケアQIの指標が作成されているが、その信頼性・妥当性は高くなく、質の低いケアや望ましくないケアを特定するためには有用ではないと批判されている(1, 2)。
つぎに、海外では、在宅プライマリケアに限定したQIの作成も試みられている(3)。しかし、在宅医療の質を評価することの難しさとして、多疾患併存状態(マルチモビディティ)の患者がほとんどであり、疾患ごとの評価(例えば末期癌患者での終末期の質)というような軸では測定・評価が難しいことが挙げられる。この先行事例においてのQI項目は、在宅医療でみられる様々な疾患毎に評価がされる形であり、その評価項目は200項目にものぼることから利用しづらいこと、余命が限られるマルチモビディティの患者にも疾患ごとのケアを提供し続けパフォーマンスを上げたように見せかける可能性があることが指摘されている(4)。
その他にも在宅医療で緩和ケアを受ける患者に対するQI指標は確立されつつあるが(5, 6)、在宅医療一般で広く適応可能なQI指標は確立されていないのが現状である(7, 8)。
これらを踏まえ、当院では、臨床現場での質に加えて、経営や政策の意図も加味した複合的な質指標である「QI-8」という概念を設計した。(図1)

①cherry picking rate;チェリーピッキングせず幅広い症例を受けているか。初診時の平均要介護度と重症度で測定予定。
②cure&care coverage;疾患を選り好みせず、幅広い症例を診察しているか。受け持ち患者の主病名割合や、断った患者さんの数を測定予定。
③incident number;全てイベント報告が上がってくる訳ではない前提で、転倒・褥瘡発生・疼痛管理不十分等の質に関係すると思われるイベントの数を積極的に計測する。また代替指標として、入院せずに在宅で過ごせた期間の平均値も測定
④emergency call rate;電話再診の患者数割合を測定
⑤emergency visit or ambulance request;緊急往診・搬送件数の患者数割合を測定
⑥severity rate;搬送が適切であったか、搬送後の成績を元に後ろ向きに検証し割合を測定。すべて個票で記載予定。
⑦death confirmation rate /Net Promoter Score;在宅看取り率に加え、当院職員・関係多職種へ看取り時の満足度(今回のお看取りを自分の家族にも勧められると思うかを10段階で評価)の平均値を測定。また同じものを患者家族からも測定し、その乖離をみる。
⑧graduate number;在宅医療からの卒業し、外来に戻れた件数を測定。
*上記「QI-8」は経営理念も含めた比較的抽象的な指標であり、在宅のQIそのものに資するものかはまだ不明である。

そこで、先行研究などをもとに、臨床現場で使いやすいQIも同時に策定できないかと考えた。

【目的】
海外の事例を参考にしつつ日本の実情に即した在宅医療におけるQI指標の策定と確立は急務であることから、日本における在宅医療におけるQI指標の検討を目的として本研究を行った。

【方法】
QIの作成方法として、RAND/UCLA 適切性評価法(デルファイ変法)を用いた。
まず初めに、先行研究のレビューら、これまでに在宅医療に関連した既存の医療の質指標やその候補とされた項目を収集し、QIの候補としてリストにまとめた。
次に、在宅医療に関わる多様な専門職として、医師、薬剤師、看護師、作業療法士、医療ライターからなる専門家パネルを設置し、それぞれ独立して各QI候補の適切性と測定意義と実施可能性をもとに評価を行った。この評価では、各項目について1〜9段階での評価をおこなってもらい、項目の表現や内容について別案や懸念がある場合にはコメントの記入を求めた。
各自の評価結果を集計し、集計結果の確認と参照、意見の合意を得るため複数回の検討会を実施した。最後に診療ガイドラインの推奨項目や独自の項目の追加が必要かを検討したのちに、最終的なQIリストを作成した。

【結果】
先行研究のレビューの結果、30の論文がヒット→9の文献に絞り込み347項目のQI候補を同定した。
各専門家の評価の集計の結果、中央値で7点以上、かつ3点以下の評価をした人がいない項目に絞り、92項目を同定した。
複数回の検討会によって、同一内容の項目の統合作業、測定可能な内容への修正、ガイドライン等を踏まえた不足分の追加を経て最終的に38項目のQIリストを作成した(表1)。
38項目の内訳を、ドナベディアン・モデルに従い分類すると、定期的なストラクチャー評価5項目、定期的なプロセス評価22項目(うち15項目は期間ごと、7項目は患者の初診からの全期間を通した実施状況)、アウトカム評価11項目(うち4項目は期間ごと、7項目は毎週確認)となった。「定期的」とは、3ヶ月~6ヶ月を想定している。(表2)
また、目的別に恣意的に分類すると、診療基礎5項目、自立度維持4項目、イベント予防12項目、患者QOL9項目、介護者QOL4項目、患者・介護者QOL4項目となった。(表3)
QI-8指標に照らすと、③incident numberと、⑦Net Promoter Scoreに影響するものに二分された。

【考察】
今回策定した38項目のQIは、当院の考案した「QI-8」の、③イベント数の減少、⑦患者満足度の向上に寄与するものをより定量的な指標として検討言語化できたといえる。③⑦を目指すに当たり、具体的に何をすれば良いのか、何を持って「良い在宅医療」とするのか、多職種で齟齬が生まれやすいが、今回の指標は多職種チームで方向性を揃えるのに役立つのではと考えられた。大事なことは指標を取ることではなく、指標を測定することで、その振り返りのプロセスを共有して、チームの目指す方向性を一つにし、チーム全体のアウトカムを上げることにあると考える。
今回集約された38項目等をドナベディアンモデルにもとづき、ストラクチャ指標・プロセス指標・アウトカム指標の中からバランスよく選択して、自組織の目指す診療の質の方向性を策定していき、多職種チームで方向性を揃えていくことが、診療の質向上に有効な方法と考えられた。(在宅医療では病院と違って、ストラクチャーであまり差がつかないことも分かった)
当院ではアウトカム指標に関しては、転倒・骨折、褥瘡、誤嚥性肺炎、救急搬送、入院、死亡に関してはすべての症例をデータベース化することにした。また、プロセス指標に関しては、基本的にはすべての数字が取れるほうがいいと想定して、カルテのフォーマットを決めて必ず取れるようにしていった。例えばACPの記載欄を設けたり、痛みのスコアを点数でつけられるようにしたりと、カルテを上から書いていくと自然と大事な指標に目が向く仕組みとした。

一方で、QI-8のうち ①cherry picking rate ②cure&care coverage ④emergency call rate, ⑤emergency visit or ambulance request, ⑥severity rate, ⑧graduate number は、38項目のQIには入らなかった。
ただ①②⑥⑧次第で、つまり軽症例の患者のみを診療し続ければ、「質」はコントロールできてしまう。
また、④⑤の緊急コール・緊急出動率があがると、今の診療報酬上、むしろ医院としては利益が出る儲かる仕組みになっている。緊急コールにすぐ行くような体制を取ることは大切なことであるが、過剰往診をするようなインセンティブも働いてしまうため、当院としては可能な限り緊急往診を減らせるよう予防的介入をすることを理念として指標に組み込んだ。またレセプトデータなど、比較的取りやすいデータから抽出することで、毎月簡易に測定出来る点も魅力的で、今後例えば在宅版のDPCのようなものが登場した時には、このような指標が組み込まれることを期待する。

さいごに、
当院のQI-8の実績について2年分の変化とまとめを記載する。

 

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【参考文献】
1. Wagner A et al. Home care quality indicators based on the Resident Assessment Instrument-Home Care (RAI-HC): a systematic review. BMC Health Serv Res. 2020 Apr 29;20(1):366.
2. Tang X et al. The development of quality indicators for home care in China. Int J Qual Health Care. 2018 Apr 1;30(3):208-218.
3. Smith KL et al. Brief communication: National quality-of-care standards in home-based primary care. Ann Intern Med. 2007 Feb 6;146(3):188-92.
4. Leff B et al. The invisible homebound: setting quality-of-care standards for home-based primary and palliative care. Health Aff (Millwood). 2015 Jan;34(1):21-9.
5. Chiang JK, Kao YH. Quality of end-of-life care of home-based care with or without palliative services for patients with advanced illnesses. Medicine (Baltimore). 2021 May 7;100(18):e25841.
6. Harman LE et al. Potential quality indicators for seriously ill home care clients: a cross-sectional analysis using Resident Assessment Instrument for Home Care (RAI-HC) data for Ontario. BMC Palliat Care. 2019 Jan 9;18(1):3.
7. Leff B et al. The invisible homebound: setting quality-of-care standards for home-based primary and palliative care. Health Aff (Millwood). 2015 Jan;34(1):21-9.
8. Dick AW et al. Measuring Quality in Home Healthcare. J Am Geriatr Soc. 2019 Sep;67(9):1859-1865.